ブーログ › 【石原邸会議室】大志を抱くビジネスマンのための貸し会議室 岡崎市

2019年01月16日 23:20  

瓦土塀の続き。②

前回投稿から続きまして・・


練り混ぜ、練り混ぜして粘性のついた土を、石組みの上に乗せ、そしてまた瓦、そして土、瓦、土、瓦・・・と、かさを少しづつ上げていきます。
もっと寄りの写真を撮らないでしまったので、わかりにくいかもしれませんが。



ちょっとミルフィールみたいですね。



庭師さんもひたすら反復作業です。

瓦土塀作りは、しっかり指揮の執れる親方がいれば、あとは素人でもお手伝いができるもののだそうので、やってみたい方やお子さん達を募るもの手かなと考えつつも実現しませんでしたが、庭師さん方の美意識、こだわりが存分に発揮されます!




作業をしているとご近所の方が声をかけてくださいます。


これからひたすら、瓦、土、瓦、土・・・を繰り返して完成を目指していくのです・・・



  


Posted by 大辻織絵 │コメント(0)

2019年01月15日 22:56  

瓦土塀の続き。

前々回の投稿に続きまして。

土台の上に、瓦と練り直した土を積み上げていくのですが・・



このブルーシートの中に、母屋の屋根から下ろした土が保存してあるのですが、
こちらに使用済み食用油を練り混ぜていきます。
前々回の投稿の写真にも写っておりましたこのブルーシートの小山。




こんな風に<フネ>と呼ばれる大きなトレイにような容れ物の中に土を油を入れ、足で踏んで練っていきます。体重を使っていかないと、仕事にならない!とてつもなく重いのです!
長靴に思いきり吸い付いてきます。

私もやろうとしましたが、一度踏みこむと足を上げるのに何十秒もかかる・・いや足を上げること自体できずにおっとっとと転びそうになる、もう全く邪魔をしているに等しかったです。
ほんの、ほんのちょっとだけ、体験させていただいたくらいのものでしたが、男性陣のお力の素晴らしさを思い知りました。



ひたすら練り混ぜます。



ひたすら・・練り、混ぜ。



練り、混ぜ・・・
  


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2019年01月14日 10:10  

瓦土塀、築地塀、信長塀。

最近投稿している当家、瓦土塀の話題から派生しまして・・



こちらは、熱田神宮にある「信長塀」。
歴史にお詳しい方には説明不要かと思いますが、織田信長が今川義元との戦の途中、熱田神宮で戦勝祈願をし、大軍を擁する今川軍に大勝した、その御礼として寄進したのがこの信長塀だそうですね。


愛知県生まれ、愛知県育ちの私なのですが、この信長塀のことを全く知りませんでした。
熱田神宮は愛知県で多分知らない人のいない、最も有名な神社かと思います。
初詣に行かれた方も多いかと。うちは子どもの頃から初詣に行く習慣がなく、行く機会があっても近くの神社でしたし、熱田神宮に詣でたのもこの時が初めて。
石原邸の瓦土塀を作りはじめて次の年のお正月だったと思います、熱田さんに初詣のおり、木立の奥に信長塀を発見しました。


遠くから見るととてもその場に溶け込み、自己主張をする風でも、神社側が推している風でもありません。
腹の据わった素晴らしい存在感。近寄ってみると、非常に丁寧なお仕事だという感じ。
築年は1560年頃だとか。
当時、ここに大量の資材と職人達が集められたのですよね。
一体どれくらい位の年月がかかったのでしょう。




瓦土塀と呼んでおりましたが、こうしたものは築地塀(ついじべい)と呼ばれているのですね。
調べてみると、瓦を入れない、土肌のみが外に出るタイプのものが築地塀の主流なのかしら・・と思いましたが、瓦を入れるのは強化のためであるとの記述も見られました。確かに、当家の瓦土塀を作る時、庭師さんが瓦が入ると強固になるとかいったお話を伺った気がします。うちの場合は、主屋の屋根の葺き替えの産物ですので、土も瓦も両方使いたかったというのが先にありますし、当時知ったなりの瓦土塀の姿がとても好きだったこともあるのですが。

450年余り経っていてもなお美しく、揺るぎない安定感。
作り方や素材の性質だけでなく、社会、地域、その土地を営む人々、管理する人々・・これに関わる全ての縁という縁が、この塀が存続するという方向に揃ってはじめて、このような素晴らしい姿を現代の私たちが見ることができると多い浮かばれ、気が遠くなりそうです。

こちら程ではないにしても、当家のリユース素材によるこじんまりとした土塀。
末長く残りつづける縁に恵まれるなら幸いと思います。  


Posted by 大辻織絵 │コメント(0)

2019年01月09日 20:47  

瓦土塀。自然石の土台。

前回投稿に書いた瓦塀のお話。

地面に長方形に切った浅い溝に自然石(それを割ったものでもあるかもしれません)を敷き詰めて土台を作っていきます。

石原家の敷地にあった自然石を使っています。
石原邸の庭の手入れをしてくださっている庭師さんの手による、美しい石組み。
これは2014年9月頃。




少し引いて見てみると。






様々な形の石を組みあげてゆき、必要な高さで一定にレベルを揃えていくのは、技術も根気も要ることと思います。同じ大きさ同じ形、面が一様にまっすぐなタイルやブロックを積み上げたものには出せない趣があります。そもそも、石材の肌そのものが味わい深い。掘り出されたままの状態なのか、大きな自然石を割ったものか、割れたものか・・色合いも一様ではないですし、「だいたい同じような色」だけど「違う」ものの集合体と「規格に沿った製品」の集合体は本当に別物です。

お城の石垣などもこのように組み上げていくのですよね?

先日、熊本城の再建の映像を見ました。とても痛々しいのですが、残された材から先人の仕事を現代の職人さんが見て学び、作り直す・・壊して新しくするのもそれはそれの素晴らしさがあります。でも、こうした過去と現在の人びとが力をあわせるようなお仕事にはこれはこれのかけがえない素晴らしさを感じていました。この瓦土塀も、500年...もしかしたらそれ以上の未来に、もしそのような縁があるなら、未来の職人さんが、同じように直してくれるのかもしれません。
なんとも、スケールが大きい!




路地挟んで常夜灯(昔の街灯のようなもの)が建っているのですが、そこから見るとこんな感じです。



この上に土、瓦、土、瓦・・・と積み上げていくのです。
土といっても、母屋の屋根から下ろした土に、食用油などをしっかりと混ぜて、再び粘土をリフレッシュさせた土です。

ちなみに・・・
ピントが合っていませんが、
左隅に少し写っているのが、常夜灯の石材の肌です。
この常夜灯はいつの頃のものかわからないのですが、明らかな風化具合が時の流れを感じさせます。
  


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2019年01月08日 20:52  

門構えと瓦土塀。



ちょっとぼけ気味、古めの写真で失礼します。
2014年8月頃です。
もう4年以上前になるのですね・・・


門構えというには、範囲の広いお話ですが、前の投稿で門構えをすっきり整えるために、趣のある旧い倉庫とブロック塀の一部を壊したのですが、
冒頭の写真が壊したときの状態です。

とてもすっきりしました!





ここの一部に塀を作ることになりました。
というのも、あまりにもオープンすぎると言いますか。
それに、主屋の瓦の葺き替えをしたのですが、旧い瓦と土がかなりたくさん出ました。それを再利用して「瓦土塀」という塀を作ろうというお話になりました。




いきなり、瓦を詰んでいくのではなく、このように長方形に掘り下げたところに、まずは土台として石組みをしてゆきます。


石原邸の庭を手入れしていただいている庭師さんの手による、すべて石原邸にあった材料を使って作っていくプロジェクトでした。

また次回このお話し続けていきたいと思っています。






  


Posted by 大辻織絵 │コメント(0)

2019年01月05日 17:50  

門構え。



2016年夏から秋口にかけて、あいちトリエンナーレの会場としてお借りいただきました。
その時の門のあたりの風景です。


そして、こちらが、その前の年の夏に門の周りを整備する前の状態です。



もう全く違う雰囲気でした。
古いブロック塀が道路すぐきわまで伸びており、これまたものすごく年季の入った車庫がありまして、2015年の夏だったと思います、こちらを壊したのでした。




車の通り道としては、そんなに今も変わってはいませんが、建屋があると閉塞感があります。私はこの倉庫の趣、なかなかおもしろくて好きだったのですが、文化財にしていただいた家の門の前ですので、もうちょっとすっきりと、門構えの印象を整えるべきじゃないかということになりました。




そして、道路もきわまで伸びていたブロック塀が奥へ向かって路地沿いに続いています。
六供町は昔懐かしい路地がまだ残り、子供達が道で遊んでも危なくない、今では珍しくなった景観かと思います。


この地域も、石原邸も少しづつ変わっていきます。変わることは怖くもあるものですし、想い出はとても強い力のあるものですし、古いものは一度壊したらもう戻らない貴重なもの。しかし、残していくべきもの、雰囲気・・取捨選択を考える上で、見た目や想い出だけに傾きすぎてはいけないと。
後世の人びとにできるだけ、良いかたちで残してあげたいなあと思っています。



  


Posted by 大辻織絵 │コメント(0)

2019年01月02日 17:27  

今年初の雪。松本市の実家にて。

夫の実家に来ております。

昨晩、こちらで雪が降りました。
気温がそんなに低くないので、水っぽい雪でした。




年末岡崎で雪が降った時、石原邸の雪の風景は撮れず。お目にかけられなくて残念です。
気は心。石原邸の雪ではありませんが、今朝こちらで合間に撮ったものをちょこっと。




大学時代、もう30年も前のことですが、ここで過ごしました。
夫の父母は松本の人ではありません。こちらに引っ越してきて初めての冬です。

信州は雪のイメージが強いですが、ここはあまり雪が降らない地域です。たまに積もることがあるくらいです。
今も同じような気候だそうで、変わらずにいてくれるのは何だか嬉しい。変わっていくことも素晴らしいことですが、変わらないでいることもまた素晴らしさがありますね。


雪が積もると、少し体感気温が温まる感じがしませんか。
それに、お正月の雪は日本人としての情緒がくすぐられます。


どか雪の地域のみなさまには、お察しいたします。
これから冷え込みが強くなる季節です。
どうぞご自愛くださいませ。


  
タグ :雪,


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2019年01月01日 21:28  

2019年の石原邸にタイトルをつけるとすれば「締結」。

平成最後の元旦、いかがお過ごしでしょうか?

今年、母から石原邸を引き継いでから14年目にして初めて、お飾りを飾りました。

すでに三年前より施設レンタルを打ち出しておりましたが、今年の国登録有形文化財 建物特別公開企画「親子について」は本格的に地域の皆様によりいっそう石原邸をご愛顧いただく一つのきっかけになったと思います。
こちらの私の個人サイトにてその時の写真等をご覧いただけます。)

記念すべき平成最後に初めて飾ることになる注連飾りを、上記企画をご一緒した森直子さんにお願いしました。




依頼のあったお宅の2019年をイメージしながら、注連飾りのデザインに落とし込み制作していく、一軒一軒が彼女の渾身のオリジナルです。他にも見せていただきましたが、同じ人が作ったとは思えないくらいのテイストの違いがあります。
そして、そのイメージを言葉にしたタイトルも贈ってくださいます。


さて、石原邸の注連飾りのタイトルは「締結」。
「結ぶ・結ばれる」という漢字、しかも、そこに「締める」という漢字がまさに「締め」として入っています。このバランスのとれた感覚ーそれは実は人間としては本来当たり前であったことのようにも思うのですが、そのようなバイブレーションが「石原邸会議室」として再出発し、新たな皆様と出会わせていただく流れにぴったりだと思いました。

まことに幸先よいメッセージをいただきました。


平成があと4ヶ月で締めくくられようとしています。
時代を、これからの社会を創っていく企業人の皆様との素晴らしい出会いを祈念するこの元旦です。

ありがとうございます。


  


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2018年12月29日 22:27  

庭の苔。

雪が降りました。
皆さまの地域はだいじょうぶでしょうか。

雪なのに、逆に緑のものの話しをと。
かえって肌寒い趣にならないといいのですが。


◇ ◆ ◇


苔植物がブームになったことがあったが、まだその熱は続いているのだろうか。

石原邸の庭にも苔が生えている。

昨日から冷え込みが深まったが、そんな中でも、苔が疎らではあるが、緑が鮮やかになっているのが見てとれた。




暖かい時期は、波平さんの頭を思わせるような感じで、芽のような細い茎の先にポチっとしたものが頭を垂れるようにしたものが立ち上がってくる。胞子体とか言うらしい。
こちらはこの春の石原邸の庭の苔。





そして、この寒いなかまだ立ち上がっている芽のようなもの。
胞子体がはじけた後なのか、そうであるなら、それがいつのものだったのかわからないが、象の背中の毛のように。





昔、理科の授業で習って、なんだか印象に残っている話しだが、火山の爆発後、一番早くいつくのが植物だということだったし、そもそも、地球に現れた初めての生きものがしばらくしてはじめたのが光合成だと聞く。

植物の力はゆっくりと、とても力強く、寒さにも負けていない。






こんなにひそやかで、しかし、年中私たちの気持ちを和ませてくれる苔は、石原邸の大切な力のひとつだ。  
タグ :古民家


Posted by 大辻織絵 │コメント(0)

2018年12月29日 00:36  

国登録有形文化財 特別公開企画 文化財の音景vol.4「親子について」③ 六畳間の意匠に気づく。

石原邸、主屋中程に位置する六畳間。
この一間は、奥の八畳の仏間と商家だった頃は土間からお客をあげ商談をしたのであろう八畳間に挟まれている。何に使われたのかも想像がつかず、なんとなく添え物のような、影の薄い一間だと思っていた。
けれど、今回の企画で、外光のふんだんには入らない暗めのこの一間が、実はものすごく凝った部屋だったと気づかせられた。


撮影:花作家 森直子氏。左奥の花作品を生けられた。


土間から上がってきて、奥の木戸を開けると、目の前にこんな光景が広がる。
正面の建具が、すべて縦のみの格子で、物入れの戸もまた縦のみの格子。



格子の部分に漆が施してあるので、縦の線がより強調される。
この裏面は襖の仕立てになっており、このタイプの建具は奥の主人の間にも使われている。
漆を施したことにより、昼間も外光を反射するし、夜はろうそくやひょうそくの明かりでツヤが際立つ。


この椿の作品がここに鎮座することによって、この部屋の魅力に気づかせてもらった。
なぜこんなに洒落た趣向を凝らしたのか、その訳は謎のままだが。


◇ ◆ ◇

こちらにてこの椿の作品についても書いております。よろしければ、ご覧ください。  


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